人間の死亡率は100%。
不老不死を、
永遠の美しさを、
人の心が憧れてしまうのは、
この世で、自分の手に
していたいものが増えるから…?
でも、
必ず死ぬという現実に向き合うと、
その死の本質と言うか、
生の本質とも向き合うことになる。
たとえば、
余命数ヶ月という宣言がなされれば、
だまっていても、頭の中は、
自分の生き方を考え直し始めるだろう。
迷いが増えるかもしれないし、
迷いが吹っ切れるかもしれない。
迷いの本質が見えるかもしれないし、
迷いの障害が消えるかもしれない。
アニメ「あたしンち」にも、
こんな言葉が出てきた。
「人間迷って、
どちらかに決めた瞬間、
本当の気持ちが
見えてくるものなのよ。」
たとえ、ものすごく健康に生きていても、
死というゴールに向かっているという現実を、
ふりかえって考えたときには、
何か得られると思う。
人間の死亡率は100%。
いつ死ぬか、どう死ぬかより、
それまでいかに生きているか。
それが重要問題。
(参考)
死の壁(養老孟司)
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今日のコラムは、
1935年ライジの心「3月15日・16日」です。
こんないい言葉もあります。
物にはすべて終わりがある。/(ジーギル博士とハイド氏、スティーブン..
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たとえ死を目の前にしても、/いたわりの言葉より/忌憚(きたん)のな・.
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きみたち死なない程度に病気しなさい/(生きかた上手、日野原重明)
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いい言葉ねっと
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