髪の芯まで飽きられる日が来ないとも限らず…


髪の芯まで飽きられる日が
来ないとも限らず

そしたらすぐに別れる勇気
ありそでなさそうで

(愛染橋、山口百恵)

別れる日が、終わる日が
来ることを思えば、
何も始められない自分がいて…

恋愛でも、仕事でも、
そうだと思う。

飽きられる前に、
自分が飽きることが出来たら、
捨てられる前に、
自分が捨てることが出来たら、
そんな心配もいらない。

何のテレビ番組だったかは忘れたけど、
男女のいざこざに巻き込まれないように
するための方法は何だ、という話題にて、
俳優の高橋英樹さんが
「捨てられること」っていう言葉を使った。

なるほど、と思った。
ほとんどの場合、
「捨てられた」方が、
「捨てた」方を恨んだり、
ストーカーと化したりするわけだから、
きれいに別れたいなら、
「捨てられる」ようになればいい。

それも思いっきり。

で、実は、捨てるのは、
いろんなしがらみが生じてきて、
難しいのは当然だけど、
捨てられるっていう設定をつくるのも、
なかなか難しいことに気づく。

いわゆる、自立させるために、
師匠や親が、
追い出すのに似ているんだろうな。
方法的にも、感情的にも、
やっぱり難しい…

すんごいひどいことをする?
それは、捨てられるかもしれないけど、
また別の恨みを抱かれそう。

すんごいだらしなくなる?
清潔な人にとっては、
自分のポリシーと相容れないから、
なかなか難しいだろう。

芝居をする?
それもねぇ。
やっぱり、私には思いつきません。

ただ、それがうまくいったとしても、
「捨てた」方が後になって、
「俺が悪かった。よりを戻そう。」なんて
来たときには、また別の問題も生じるか…

やっぱり、捨てるのも、
捨てさせてもらうのも、
なかなか難しいですね。

人の出会いって、複雑です。

「こんな小春日和の
 穏やかな日は
 あなたの優しさが
 しみてくる」
 (秋桜山口百恵)

別れる、捨てられるなんて考えず、
いい思い出だったと、
なつかしむ日さえあれば、
いいんでしょうけどね、本当は。

そして、
「捨てられるかも…」
「別れることになるかも…」
なんて心配しながら、
守りの人生を歩むより、

心を自由にして、
精いっぱい前向きの人生であった方が
いいように思う。

(参考)
山口百恵トリビュート
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今日のコラムは「失敗しない子育て」です。

こんないい言葉もあります。

どんな失敗も挫折も、/私たちのすべてに/かかわるものではない。/・.
http://e-kotoba.net/e-cgi/db.cgi?mode=view&no=6368

深く愛することのできるもののみが、/また大きな苦悩を味わうことが・.
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いい言葉ねっと
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